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札幌地方裁判所 昭和57年(ワ)3175号 判決 1984年4月25日

原告・参加被告(以下、単に「原告」という。) 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 向井清利

右訴訟復代理人弁護士 坂本彰

被告・参加被告(以下、単に「被告」という。) 旭川サン自動車販売株式会社

右代表者代表取締役 小松義一

参加原告(以下、単に「参加人」という。) 道央自動車興業株式会社

右代表者代表取締役 田中敏彦

右訴訟代理人弁護士 入江五郎

主文

一  原告の被告に対する請求を棄却する。

二  原告と被告との間の札幌地方裁判所昭和五七年(手ワ)第三九一号約束手形金請求事件について同裁判所が昭和五七年一二月八日に言渡した手形判決を取消す。

三  参加人が、別紙目録記載の約束手形に係る約束手形金請求権を有することを確認する。

四  原告は、参加人に対し別紙目録記載の約束手形を引渡せ。

五  被告は、参加人が別紙目録記載の約束手形を支払のため呈示したときは、参加人に対し金一七八万八六一〇円及びこれに対する呈示の日の翌日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

六  参加人の被告に対するその余の請求を棄却する。

七  訴訟費用は、すべて原告の負担とする。

八  この判決は、第四、五項に限り仮に執行することができる。

事実

《省略》

理由

一  まず、被告は、昭和五七年(手ワ)第三九一号約束手形金請求事件について昭和五七年一二月八日に言渡された手形判決に対して同年一二月一〇日に異議の申立をなしたほかは、参加人が、昭和五八年一月二六日に民事訴訟法第七一条に基づく独立当事者参加をしてのちの本件口頭弁論期日に出頭しないし、また答弁書その他の準備書面も提出しないが、同法第七一条において準用する同法第六二条の規定によれば、本件のごとき三当事者が対抗牽制関係にある独立当事者参加の訴訟にあっては、一当事者の訴訟行為は、他の二当事者全員の利益においてのみ効力を生じる関係にあるので、被告が別紙目録記載の約束手形一通(以下「本件手形」という。)を振出した事実は、被告が明らかに争わないものとして自白したものとみなす。

二  そこで、更に、本件手形に係る手形上の権利が原告と参加人のいずれに帰属するかについて判断する。

1  《証拠省略》を総合すると、被告は、昭和五七年八月二八日、参加人から購入した車輌代金の支払のため受取人欄のみを空白としその他の手形要件を記載した金額一七八万八六一〇円の本件手形を作成して、同月三〇日の午前八時ないし一二時までの間に、新旭川郵便局において、これを書留郵便に付して参加人宛郵送し、同日午後三時ころ、本件手形存中の書留郵便物が参加人の事務所に配達され、参加人の営業係員田中範和がこれを受領したこと、たまたま訴外乙山春夫を面談中であった右田中は、本件手形在中の書留郵便物を乙山の前のテーブル上に置いたまま中座して数分間二階に上って所用をすませて戻ったところ、乙山の姿はなく、そのあと書留郵便物の所在も不明になったこと、同年九月三日ころ、「八月末までに一か月先の期日の手形を送る」約束であったことから、参加人代表者が、被告に問い合わせたところ、八月三〇日に書留郵便で参加人宛に送付したことが明らかになり、前記のごとく従業員田中範和が乙山との面談途中で受領した書留郵便物の中に本件手形が入っていたことが明確になるとともに、受領した際の状況からみて、乙山が書留郵便物を持ち逃げしたものとしか考えられないとして、同月六日、岩見沢警察署に届け、結局、遺失物届をなしたこと及び前記乙山は、その後、売春防止法違反等で逮捕されたことが認められ、これを左右するに足る証拠はない。

右認定のごとき参加人が本件手形を受領した折の状況等に照らすと、参加人主張のごとく乙山春夫が本件手形在中の書留郵便物を窃取したものと推測することにもあながち合理性がないとはいえず、少なくとも、参加人は、本件手形の受取人として本件手形の占有を取得したのち自己の意思に基づかないでその所持を失ったものであるから、これによって、のちに善意取得した者がないかぎり本件手形の手形上の権利を喪失するものではない。

2  前記のとおり参加人は、その意思に基づかずに本件手形の所持を失ったことが明らかであるから、その後受取人欄の補充権限も含めて本件手形上の権利が承継されることはないところ、本件手形の受取人欄と第一裏書人欄には、「松下正一」の記載があり、かつ第一被裏書人欄は空白のままとなっている。この点、原告は、訴外丙川松夫が松下正一からセリーヌのバックのコピー商品の代金として本件手形を取得し、更に、原告が、右丙川に対する貸付金の回収として第一被裏書人欄を補充することなく本件手形を取得した旨主張する。そこで、訴外丙川松夫ないしは原告が、本件手形に係る手形上の権利を善意取得したか否かについて検討する。

本件手形の第一裏書人欄の松下正一の住所表示においては、「札幌市」なる誤記があることのほか、次に認定もしくは指摘する諸事実に徴すると、第一裏書人として表示された松下正一なる者は、実在しない架空の人物であり、本件手形を善意取得したことを装うために記載されたものと認めざるをえないから、松下正一なる者と訴外丙川松夫との間において、原告主張のごとき実質的な取引関係があったものとは到底考えられず、それにもかかわらず、石黒が右のように主張すること自体からして、丙川松夫自身本件手形上の権利の善意取得を仮装するために、第一裏書人欄に松下正一と記載されたことを知っていたものと推認せざるをえず、右推認を覆えすに足る証拠はない。すなわち、《証拠省略》などを総合すると、まず、第一裏書人欄に松下正一の住所として表示された地番は、実在しない架空の地番であるうえ、札幌市南三三条西一一丁目一帯を調査しても松下正一なる人物が居住した事実がないことが認められ、これに反する証拠はない。また、本訴係属後においても、松下正一なる者の所在が判明しなかったことから同人に対する訴状の送達もなしえず、結局、松下正一に対する原告の請求は取下げられたことは、当裁判所に顕著な事実である。

更に、《証拠省略》を総合すると、原告は、市営住宅に居住してダンプの運転手をしている者であり、また丙川松夫は、古物商や水商売などと転職を繰返えしており、当時、生活にも困窮していた者であるが、本件手形を窃取したものとみられている乙山春夫と丙川とは、以前から親交があり、原告は、昭和五七年秋ころ、石黒の紹介で乙山のところの運転手をしていたことがあり、石黒とも親しい間柄にあること、乙山(同人が、のちに売春防止法違反等で逮捕されたことは、前記認定のとおり)、丙川及び原告との間には、すでに認定したごときそれぞれの生活状況や行状からみても、実質的な取引関係が生ずるとは認め難く、ましてや額面一七八万余円の比較的高額な本件手形を授受し合う実質関係があったとは認められず、原告本人尋問の結果のうちこれに反する供述は、たやすく信用できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。たしかに、原告本人尋問の結果のなかには、「本件手形を石黒から取得した当時、同人に対して三〇万円の貸金債権があった」旨の供述があるが、右の供述のみによって、原告主張のような貸金債権があったことを認めることはできない。仮に、右供述のごとく原告が丙川松夫に対して三〇万円の貸金債権を有していたとしても、その返済のために額面一七八万余円の本件手形を原告に交付することは、きわめて不合理である。右の諸事実に加えて、本件手形が支払期日(昭和五七年九月三〇日)ののちの同年一〇月二日になって原告によって訴外北海道拓殖銀行を介して支払呈示されたことを考え合わせると、原告は、本件手形上の権利について善意取得したごとく仮装するために本件手形を取得したものとしか考えられず、原告本人尋問の結果のうちこれに反する供述部分は到底措信できない。

右のとおり、原告は、本件手形について独立の経済的利益を有しないかもしくは悪意によりて本件手形を取得したものと認めざるをえない。原告の主張は、到底採用できない。

3  以上のとおりであるから、原告の被告に対する請求は理由がないので、これを棄却し、かつ、仮執行の宣言を付した主文第二項掲記の手形判決は右結論と符合しないのでこれを取消すこととする。一方、本件手形上の権利は、なお参加人に帰属していることは前記のとおりであるのに、原告はこれを争っているうえに、本件訴訟の争いもこの点にあることを考えると、確認の意義もなしとしない。また本件手形を原告が占有していることは、原告の自認するところであるから、参加人は、原告に対して本件手形上の権利に基づき本件手形の返還を請求しうるものと解される。更に、本件口頭弁論終結時点においては、参加人が本件手形を所持していないとしても、本件訴訟においては、参加人が本件手形の所持を回復することの蓋然性がきわめて高いことが明らかであるから、参加人は被告に対してあらかじめ、本件手形に基づく約束手形金の請求をなす必要があるものといえるので、参加人が本件手形の所持を回復したのち被告に対して支払のため本件手形を呈示することを条件として、約束手形金一七八万八六一〇円と支払呈示の日の翌日から支払ずみまで年六分の割合による金員の支払を命ずる給付判決をなしうるものとするのが相当である。したがって、参加人の被告に対する請求は、右の限度でこれを認容し、その余の請求を棄却することとする。訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八九条、第九三条但書の規定を適用して、すべて原告の負担とし、仮執行の宣言については、同法第一九六条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 舟橋定之)

<以下省略>

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